いきなりですが、問題です。
あなたの部下が難易度の高い目標を達成したとします。
上司、もしくは先輩であるあなたは、その部下にどのように声をかけるでしょうか。
(A)目標達成は当然のことなので何も言わない
(B)「よくやった!」とほめる
(C)「すごいね」と感心する
(D)「チームのためになってくれてありがとう」と感謝する
※答えは『ほめてはいけない』へ
「新入社員の考えていることがわからない」「もっと社員と良い人間関係を築きたい」──。こんな悩みを抱えている人は多いのではないでしょうか。
子育てや学校教育だけでなく、企業の人材育成にも効果を発揮すると言われている「アドラー心理学」では、良い人間関係をつくるには「人を勇気づけること」が重要であるとされています。
新入社員に対してだけでなく、職場の人間関係の向上に役立つ「人材育成の原理原則」をご紹介いたします。
出典:『アドラーに学ぶ部下育成の心理学』, 日経BP社
目次
アドラー心理学とは
『心理学の3大巨頭』 の一人と称されるアドラー
アルフレッド・アドラー(Alfred Adler、1870-1937)は、今から140年近く前の1870年にオーストラリアのウィーン郊外に生まれ、晩年はアメリカを中心に活躍した心理学者です。
カナダの著名な精神科医であるアンリ・エレンベルガーは、その著書でアドラーをジークムント・フロイトやカール・グスタフ・ユングと並ぶ心理学者として紹介しています。
そして、「アドラー心理学」とは、彼が築き上げた心理学のこと。
アドラー心理学は、「人間性心理学の源流」と呼ばれ、アブラハム・マズロー、ヴィクトール・フランクル、カール・ロジャース、エーリッヒ・フロム、ウィリアム・グラッサーなど多くの心理学者に影響を与えたといわれています。
「勇気づけ」の心理学
アドラーは「個人の中だけで完結する悩みは存在しない」と言います。
「孤独であるという悩み」ですら、他者がいるからこそ発生する悩みです。
そして、人生で起こる人間関係を始めとしたあらゆる困難、悩みを克服するために必要な活力を「勇気(courag)」と呼び、相手の勇気を引き出すことの重要性を指摘しています。
そして、アドラー心理学の根本にある「勇気づけ」の考え方によると、ほめること、叱ること、教えることは勇気づけとは反対の「勇気くじき」になると考えられています。
ほめてはいけない
あなたは社長をほめますか?
どれだけ会社の業績がよくても、部下は「社長、なかなかよく頑張っていますね」などと言って社長をほめることは普通はしませんよね。
会社だけでなく、家庭や学校でも同じことがいえます。
子どもが大人をほめることもなければ、生徒が教師をほめることもありません。
それは、「ほめる」という行為に上下関係を伝えるメッセージが含まれているからです。
「役職上、部下をほめることだってあるじゃないか」という方もいるかもしれません。
しかし、ほめられることが習慣づいてしまった人は、ほめられることに依存的になることがわかっています。
アドラー心理学では、「賞罰を前提にした教育は、ほめられると望み通りの行動をするが、ほめられなければ何もしない」と考えられています。
常に相手の顔色を伺い、「ほめられる」ために頑張るようになる。そこに自分の意思はありません。
相手の反応や評価に一喜一憂し、ほめてあげないと業務を遂行しない部下を育てたいという人はいないでしょう。
「勇気づけ」で自立を促す
「ほめること」は相手に上下関係を植え付け、「部下をほめられ中毒にしてしまう危険性がある」ことを前述しました。
アドラー心理学では、「上から目線」で人を評価するのではなく、「横から目線」で主観や感想を伝える「勇気づけ」を推奨しています。
勇気づけとは、相手が自分の力で課題を解決できるように支援することです。
例えば、以下のように声をかけてみましょう。
【ほめる】「なかなかやるね。いい出来だ」
【勇気づける】「とても読みやすいね。読み手の立場を考えた工夫が感じられるなあ」
【ほめる】「よくやった。偉いぞ」
【勇気づける】「諦めずに最後までこだわっていたね。私もうれしいよ」
【ほめる】「一位か。すごいじゃないか。大したもんだ」
【勇気づける】「おめでとう! チームを引っ張ってくれてありがとう!」
「ほめる」と「勇気づける」の明確な境界線を引くのは難しいですが、目に見える能力や成果よりも、そのプロセスや相手の存在そのものを受け入れる態度で、対等に声をかけることを意識してみてください。
叱ってはいけない
叱ることは勇気くじきに繋がる
上司は往々にして、困難に負けてしまいそうになる部下を叱りつけてしまいがちです。
「そんなやり方ではだめだ! 少し考えたらわかるだろう」
「こんなことくらいできるだろう。俺だって若い頃はこれくらいやっていたぞ!」
このような指導は、あらゆる場面で見られるでしょう。
しかし、本人からすれば励ましのつもりが、言われた方は大きく勇気を削がれてしまいます。
叱らないことは甘やかすことではない
「じゃあ、部下が間違ったやり方をしていても指導せずに放っておけば良いのか?」
そんなことはありません。
叱らずに甘やかすことは結局、「相手が自分で困難を乗り越える力を持っていない」ことを前提にしているからです。
ではどうすれば良いのでしょうか?
叱らずに、勇気づけながら部下を指導するための基本が「主観伝達」と「質問」です。
例えば、あなたの部下であるAさんが不適切な方法で仕事をしているのを発見したとイメージしてみてください。
放っておけば、お客様や他の部署に迷惑がかかってしまいます。
あなたならどのように注意するでしょうか?
「Aさん、ダメダメ! そんなやり方をしたら××の問題が起きちゃうよ。なんでそんなこともわからないかなあ? 今後はこのやり方でやってね!」
このように指導する方も多いかもしれませんが、Aさんは自分の頭で考えることを手放してしまいます。
以下のように、「主観伝達」と「質問」の形をとることで、相手の勇気づけを促しながら、効果的な指導ができるでしょう。
「Aさん、この仕事を進める際にはこんな観点に気をつけるといいかもしれませんね。そうすると、どのようなやり方が考えられますか?」
相手の行動が間違っていると決めつけるのではなく、主観的に意見を述べることで、相手に選択の余地を与えます。
それが相手への敬意に繋がり、相手を勇気づけられるのです。
また、「質問」は相手に考えさせ、主体的に問題を解決する機会を与えられます。
こちらが期待する提案や意見が全く出てこないときは、具体例を示すなどして、部下自身の意見を引き出してみましょう。
教えてはいけない
答えを与えることで指示待ち人間が育つ
「教えないこと=放置すること」ではありません。
『アドラーに学ぶ部下育成の心理学』の著者である小倉広氏は、「部下の主体性が低くて困ります」「責任感がありません」「やるべきことをやろうとしません」といった上司が抱えがちな問題の原因は全て同じであると述べています。
それは、「上司が正解を教えてしまうこと」です。
答えをすぐに教えてしまうコミュニケーションは、どこか一方通行的。
しかし、相手の主体性を発揮させるコミュニケーションは双方向的であることが理想です。
では、相手から答えを引き出すにはどのような話し方が効果的でしょうか?
助け舟を出しながら答えを引き出す
答えや正しいやり方を教えないことで、部下は自分の頭で考える姿勢をもつようになりますが、良い解決策が見つからず、行き詰まりや不安を感じる部下もいることでしょう。
こういった場面でも、「助け舟」を出すことで、相手を勇気づける指導を行うことができます。
例えば、「質問」「独り言」「提案」といった伝え方があります。
それぞれ、以下のような意味を持ちます。
【質問】・・・相手に問いかけることで相手の考えを引き出すこと
【独り言】・・・あたかも独り言のように部下に伝えること
【提案】・・・「こうやるのはどうだろうか」と具体的に選択肢を示すこと
ここでは、それぞれの話し方の具体例を挙げてみましょう。
「似たような問題で、以前うまくいった経験はなかったかな? 何か思い出せない?」
「A社のX部長は、どんな提案をしたら喜んでくれるだろうか?」
「予算や時間の制約がなかったとしたら、どんなアイデアがあるだろうか?」
「以前、B社でこんなやり方がうまくいったことがあったなあ」
「自社視点じゃなくて、顧客視点で考えるという手もあるね」
「予算や時間の制約がなかったら、こんなやり方もあるかもね」
「以前、C社でやったやり方を応用できないだろうか」
「D社のY部長は、例えばこんな提案を喜んでくれるんじゃないかな」
「制約を取り払って、こんな対策をとってみたらどうだろう」
いずれにせよ、ポイントは「決定を部下の意思に委ねる」ということです。
単なる助け舟が、押し付けにならないよう気をつけながら部下をサポートしたいものです。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
アドラー心理学を題材に人材教育を考えたとき、たくさんの気づきがあったという方も多いのでしょうか。
『アドラーに学ぶ部下育成の心理学』の著者である小倉広氏は、いつでもどこでも「ほめてはいけない」「叱ってはいけない」「教えてはいけない」を貫くのではなく、これらを基本スタンスとする柔軟さも大切であると言っています。
ぜひ、「相手の存在を尊重し、勇気づけられるように指導する」ことを取り入れてみてください。
本記事、本サイトが、部下を育成することについてお悩みの方の一助になれば幸いです。
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